第一話 ブラックは、ひとつじゃない
第一話 ブラックは、ひとつじゃない ――透明な黒と、濁った黒 私はコーヒー党党首、珈琲院黒郎(こーひーいん・くろう) を支える秘書、香月麗華(こうづき・れいか) だ。 世間は私を、冷たくて隙のない女だと思っているらしい。 だいたい合っている。少なくとも、そう思われていた方が仕事はやりやすい。 過去にアメリカで三か月だ...
第一話 ブラックは、ひとつじゃない ――透明な黒と、濁った黒 私はコーヒー党党首、珈琲院黒郎(こーひーいん・くろう) を支える秘書、香月麗華(こうづき・れいか) だ。 世間は私を、冷たくて隙のない女だと思っているらしい。 だいたい合っている。少なくとも、そう思われていた方が仕事はやりやすい。 過去にアメリカで三か月だけ続いた、ある男との関係の終わり際、こんなことを言われた。 “You’re so beautiful, sharp, and refined. But the colder you get, the more the bitterness comes forward — like black coffee gone cold...”(君は美しい、かつ切れ味があって洗練されてる。でも、温度が下がるほど苦味が先に立つ。冷めたブラックコーヒーみたいに・・・) その瞬間、私は彼の部屋のマグカップを見た。 飲みかけのコーヒーはすっかり冷めていて、砂糖の袋が三本、テーブルに散らばっていた。 ああ、この人はコーヒーの話をしているようで、何も見ていないのだと思った。 温度も、香りも、苦味の奥に残るものも、たぶん彼にはどうでもよかったのだろう。少なくとも、私をそういうふうに見る人ではなかった。 当然、その恋も終わった。 ブラックは、ただ苦いだけの飲み物じゃない。 豆の個性が剥き出しになる、いちばんごまかしのきかない味だ。 酸味も、香りも、余韻も、温度も、すべてが露わになる。 深くて、熱くて、やさしいブラックは確かにある。 ただ、人間の世界には、もうひとつのブラックがある。 それは苦いのではなく、濁っている。 深いのではなく、底が見えない。 芯があるのではなく、腐っている。 同じ〈ブラック〉という言葉で呼ばれていても、その中身は驚くほど違う。そういう当たり前のことが、妙に生々しく輪郭を持つ瞬間というものがある。 --- 記者会見 コーヒー党結党から二十三日目。 都内・永田町近くの会見場は、照明の熱と記者たちの視線で、すでに蒸れていた。 壇上には、党首・珈琲院黒郎(こーひーいん...