第三話 白い記憶は、まだ熱い
第三話 白い記憶は、まだ熱い ――落ちた日の輪郭 夢だと片づけるには、あまりにも細部が生々しかった。 白い服。 枝分かれした大きな木。 見上げる首の痛み。 泣きながら叫んだ、自分の声。 そして、落ちる瞬間の、あの無音。 普通、もっと濁る。 時系列が崩れ、色が抜け、音だけが残るか、逆に音だけが消える。 ところが、あの白...
第三話 白い記憶は、まだ熱い ――落ちた日の輪郭 夢だと片づけるには、あまりにも細部が生々しかった。 白い服。 枝分かれした大きな木。 見上げる首の痛み。 泣きながら叫んだ、自分の声。 そして、落ちる瞬間の、あの無音。 普通、もっと濁る。 時系列が崩れ、色が抜け、音だけが残るか、逆に音だけが消える。 ところが、あの白い光景だけは妙に整いすぎていた。 整いすぎていて、むしろ記憶らしかった。 私は党本部の執務机で資料をめくりながら、頭の片隅で同じ場面を何度も反芻していた 。 ルブランで意識を飛ばしたあの日から、三日。 睡眠は足りていない。それでも仕事は回している。表面上は何も変わっていない。 それでも、視界の端で白い枝がふと揺れる瞬間がある。 変わったのは、記憶そのものよりも、榊原慎司(さかきばら・しんじ)のあの一言だった。 「また君か」 あれは、驚いた人間の言い方ではなかった。 初めて見たものに向ける声ではなく、名前のつけられない既視感に触れた時の声だった 。 そして私も、否定しなかった。 「そうね。あなたから見れば」 そう返した時点で、私は彼の見ているものが何かを、少なくとも半分は理解していたの だと思う。 ただ、理解することと、言葉にすることは別だ。 特に過去はそうだ。 口にした瞬間、他人の輪郭で塗り直される。 私はそれが嫌いだった。 --- 永田町の午前 コーヒー党は近日中に新しい提言案を出す予定だ。 テーマは、「働く人の休憩時間の質」。 休憩時間そのものの確保だけでなく、短くても思考を切り替えられる空間、圧力から離 れられる時間、そして“休むことに罪悪感を持たない文化”を制度としてどう後押しする か。 地味だ。 派手な数字もない。 だが、私たちらしい政策だった。 黒郎は朝から、提言文のドラフトに赤を入れていた。 「『休憩とは労働の中断ではなく再起動のための時間である』……硬いな」 「硬いですけど、必要です」 「『再起動』も機械っぽい」 「あなたに任せると全部、熱と覚醒と目を覚ませになります」 黒郎は私を見た。 「何か悪いか」 「政治文書としては少し」 「つまらな...